労苦継承事業


平成18年度 平和祈念講演会のご報告
平和祈念フォーラム2006
−戦争体験の労苦、平和への思いを次の世代に語り継ごう−

平和祈念フォーラム2006  平成18年7月15日(土)、岩手県盛岡市の「いわて県民情報センター・アイーナホール」において、平和祈念講演会を開催し、約420名の方々の参加をいただきました。
 この講演会は、今次の大戦におけるいわゆる恩給欠格者、戦後強制抑留者、引揚者など(関係者)の皆様のご労苦について国民の皆様の理解を深めること等により、関係者を慰藉するとともに、平和の尊さを訴えることを目的にして、毎年開催しているものです。

第1部 『平和の礎』に込められた戦争体験の労苦
第1部では、宝田明さん(俳優・引揚体験者)による戦争体験証言集『平和の礎』(当基金発行)の朗読を通して、忘れ去られようとしている戦争体験の労苦を紹介しました。さらに、司会の生島ヒロシさんとのトークで、宝田さんの哈爾濱(ハルピン)での少年時代や引揚体験のお話をしていただきました。

第2部 映画「えっちゃんのせんそう」と戦争体験の労苦
第2部では、映画「えっちゃんのせんそう」(ダイジェスト版)を上映した後、原作者の岸川悦子さん(児童文学作家・引揚体験者)をゲストにお迎えし、引揚体験者として、未来への、そして子どもたちへのメッセージなどをお話していただきました。

第3部 フォーラム「語り継ごう 戦争体験の労苦」
第3部では、当基金が作成したビデオの上映と作家の半藤一利さんの解説により、兵士、戦後強制抑留者、引揚者の労苦を来場された方々に分かりやすくお伝えしました。その後、宝田さんと岸川さんに平和の尊さ、語り継ぐ大切さについてのお話を、斎藤邦雄さん(漫画家・戦後強制抑留者)に、ご自身で描かれた漫画「アンガラ川物語」を基に抑留体験のお話をそれぞれしていただき、フォーラムを行いました。

生島ヒロシさん(キャスター) ○生島ヒロシさん(キャスター)
今回の催しでは、恩給欠格者、シベリアへの強制抑留者、そして戦後、海外から引揚げてこられた方々の過酷な戦争体験・ご労苦をお伝えして、平和への思いを次の世代に伝えていきたい、そういう機会になればと思っております。今日7月15日、終戦記念日の1ヵ月前でございますが、そういうことも踏まえつつ、4人のゲストの方々のお話をお伺いしながら、皆様と一緒に考えていければと思っております。


斎藤邦雄さん(漫画家・戦後強制抑留者) ○斎藤邦雄さん(漫画家・戦後強制抑留者)
私は頑張ったんです、ホントに、変なこと言うようですが。私の戦友が亡くなって、橇(そり)に乗せて、ホントに痩せ衰えてね、電信柱みたいになっちゃって、体が。吃驚しました。それで、向こう(ロシア)の将校がね、「これ裸にしてもってけ」って、「死んだ人なんかもう(服を)着る必要ない」と。それで私頑張ったんです、冗談じゃないと、亡くなってこんな寒いところにね、このまま裸で埋められるかと、何としても頑張りましてね。向こうも折れてね。それで馬の橇に乗せて、私らも後からついて行って、穴を掘って、シャベルで。シャベルでは(なかなか)穴掘れませんからね、(土が凍ってますから)硬くて。それで(せめて)日本の方へ(頭を)向けて・・・、それで私何にも出来ませんからね、(最後は)軍歌を歌ったんです、「ここはお国を何百里」(軍歌「戦友」)っていうのをね、「ここはお国を何百里離れて遠きシベリア」・・・・・。


岸川悦子さん(児童文学作家・引揚体験者)○岸川悦子さん(児童文学作家・引揚体験者)
「ダワイ(よこせ)、ダワイ(よこせ)」ってソ連兵がやってきて、家を出されました。リヤカーに積めるだけの荷物を積んで、泣きながら雨の中をトボトボと収容所に向かい、そこで生活がはじまりました。でも、食べるものもなく、父は職を失って、生きる術を無くしました。その時に、子どもたちが、一番元気に頑張りました。まだ、5年生か6年生の私や中学1・2年生の兄たちは、市場に行って品物を買ってそれを売って、お金に換えて、家を支えました。子どもというものは、ホントに強いものだと思いました。子どもが親を助け、一生懸命働いて、お米を買ってきました。そうやって一年間、行商しながら生き延びて来ました。一年後、引揚船が葫蘆(ころ)島に着いたという嬉しい噂を聞いて、それで、長い長い逃避行の旅にでるんですが、その間に、何人もの人たちが倒れて死んで、亡くなりました。特に、弱いお年寄りや子どもたち。いっぱい亡くなりました。赤ちゃんを負ぶって、子守歌を歌いながら歩いている若いお母さん。でも、赤ちゃんはとっくに冷たくなっているんです。その赤ちゃんを、どうしても、その自分の背中から離して土に埋めてくることができない。でも段々段々、臭いがしてきて、お母さんは泣きながら穴を掘って、赤ちゃんを埋めていたシーンが、今でも、一生・・・。私がこの世を去るまで、その映像は消えないと思います。
戦争は、いつも、何の罪もない、子どもたちを、不幸にします。一番(平和を)望んでいるのは子どもたちです。だから私は、子どもに平和の尊さを伝えるために、児童文学作家になりました。それが私の生きる使命だと思って、命の尊さを伝え続けております。


宝田明さん(俳優・引揚体験者)○宝田明さん(俳優・引揚体験者)
昭和20年8月9日、不可侵条約を破ってソ連軍がドッーと入って来まして、もう本当に無政府状態。婦女子は丸坊主になって、風呂敷を頭から被って、日中の日の高い内に、3〜4人で必ず一緒に街に買い物に行くという形で、帰りはきちっと連れ添うように(満鉄の)社宅まで戻ってくるようにしていました。たまたま1人でお帰りになった満鉄のある高級幹部の社員の奥様は、(社宅の)すぐ隣に陸軍の兵舎がありましてそこにソ連軍が入っていましたので、兵卒2人に捕まり連れて行かれまして・・・。で、連れて行かれた先で、半身裸にさせられて暴行されている状況を目の当たりにしまして・・・・・。
もしかすれば満洲にあってそこで兵隊に行き、日本の国の防波堤たらん、防塁になればいいやと思っていた宝田少年ではありますけれど、しかし、僕らが確かな自信をもって伝えて行かなければならないのは、もうああいった戦争は絶対に繰り返してはならない、こういう苦しみはもう我々の世代までで止めなければならない、ということですね。戦争を起こしてはいけない、これだけは貫いて行くべきだ。そして自分の息子たち、若い人たちにも語り継いでいく責任が自分にもあるんだということを、つくづく思っております。


半藤一利さん(作家)○半藤一利さん(作家)
日本人は熱狂しやすい。すぐに熱狂して、攘夷の精神を発揮するんです。これを私たちは、本当にしっかりと自分で認識して、そういうことにならないように、頑張らなければいけないと思います。じゃないと、「平和、平和」と叫んでいても、戦争というのは勝手にやって来ますから。私たちは熱狂しちゃダメだと思います。