平和祈念資料センター事業

平成12年度平和祈念講演会
平和祈念フォーラム2000
−明日につなごう。平和への熱い思い。−

平成12年7月23日(日)、鹿児島県、鹿児島市、知覧町及び知覧特攻平和会館との共催により鹿児島市の鹿児島市中央公民館において開催しました。
平和祈念フォーラム2000 会場写真1 平和祈念フォーラム2000 会場写真2



第1部 戦争を考えるレポート
「知っていますか?身近にあった戦争」
第1部は、身近にあった戦争ということで、戦争体験のない若者を代表して、地元鹿児島県の大学生2名が、「鹿児島空襲」と「知覧特攻平和会館」を、宮城大学生が「シベリア抑留」を取材し、写真など映像を使い、実感を込めてレポートしてくれました。

芹ヶ野雄亮(志學館大学)芹ヶ野雄亮(志學館大学)

○鹿児島空襲
昭和20年春から夏にかけて7回にわたる鹿児島市の空襲をレポート。
「今後、自分で調べたこの鹿児島大空襲のことを、今から生まれてくる人たちのために語り継がなければと思います。我々国民がその戦争に対する恐怖心、悲惨さを忘れることなく、もう絶対にあってはならないという自覚を持てば、これから百年、二百年経っても平和を維持していけると思います。そのためにも、僕たち、今の若者が先頭に立って、次世代のために平和を訴えていかなければならないと思います。」


吉田沙世(鹿児島国際大学)吉田沙世(鹿児島国際大学)

○知覧特攻平和会館
知覧特攻平和会館、特攻隊員と町民との関わりについてレポート。
「私たちと同世代の若者が、将来があった彼らが、自らの命を明日へと託して南の海へ散っていった姿を改めて見たときに、胸の奥から込み上げてくるものがありました。それと同時に、物質的に豊かになったからこそ、心の平和を忘れてはならないのだと感じました。特攻隊員たちの思いをもっと多くの人が受け取らなければならないのです。」


山集悠亜(宮城大学)山集悠亜(宮城大学)

○シベリア抑留
戦後強制抑留の実態について、写真やイラストを交えレポート。
「シベリア抑留という歴史的事実を知るきっかけをいただいてから、私の人生観や毎日の生き方は変化しました。私たちが享受している今日の物質的に豊かな時間とは、シベリア抑留者や、数々の戦争の惨禍に巻き込まれた人々が耐え忍んだ時間の上に出来上がったものだということを改めて認識しました。将来を担っていく我々こそが、過去の戦争という歴史を学ばねばならず、そこから何かに気付いて未来に伝えていかなければならないと強く使命感を感じます。」



第2部 パネルディスカッション
「語り継ぐ。未来に向けて…」
第2部では、出演者によるパネルディスカッションを行いました。
冒頭、作家のなかにし礼さんに、6才から7才にかけて、機銃掃射、焼夷弾を浴びながらソ連軍に満州を追われたこと、ハルピンの避難民収容所で極限状態の生活を送ったことや、もうじき日本に着くという時に引揚船の中で『リンゴの歌』を聞いたときの言葉に尽くせない切ない気持ちなど、引揚げ体験を語っていただきました。
平和祈念フォーラム2000 会場写真3 平和祈念フォーラム2000 会場写真4
◎祈りが大事
「私は、戦争で家を失い、財産を失い、父を失い、見なくてもいい人間の地獄図もいっぱい見ました。それを今後命ある限り書いていこうとは思っていますが、もし平和を祈るのであるなら、そうした自分たちの体験を書くだけではなくて、書く以上のことをしなければいけないと思う。書く以上のことは何かというと、それは平和祈念の「祈」という字です。「いのり」というのは将来に通じる、その祈りが大事だと思うのです。」

続いて、知覧特攻平和会館の松元淳郎参事から、知覧の特別攻撃隊員が、国のため、家族のため、死を覚悟で基地から飛び立っていった時の様子や心情などを語っていただきました。


松元淳郎(知覧特攻平和会館参事)松元淳郎(知覧特攻平和会館参事)

◎体力の続く限り、多くの人に語り継ぐ
「会館には二人の語り部がおり、私もその一人ですけれども、自分の体力の続く限り、多くの人に語り、聞いていただいております。再びこのような悲惨な戦争は絶対にやってはならない。平和を守るということがどんなに尊いかを知っていただきたいと頑張っております。」


田久保忠衛(外交評論家)田久保忠衛(外交評論家)

◎戦争を後世にずっと伝えていかなければいけない
「戦争と平和というのはコインの裏表で一体である。自分たちは平和で当たり前だと思っている。しかし、平和の尊さというのは、なぜ戦争が起こるかを知らなければわからないものである。その戦争の部分について、良いことも悪いことも歴史の検証を続けて、後世にずっと伝えていかなければいけない。」


生島ヒロシ(キャスター)生島ヒロシ(キャスター)

◎戦争で犠牲になった人たちの上に成り立っているという自覚
「特攻隊の話を伺っていたら、最年少は17才で戦死したということでした。今の時代、切れる17才とか言われていますが、そういう意味で本当に今の若い人たちには、現在の平和が戦争で犠牲になった人たちの上に成り立っているということをもう少し自覚してほしいという感じがします。」